こんにちは、かてもすです。
お越しいただきありがとうございます。
過去の海外旅の振り返りをします!
2016.2/27~3/27にドイツ・ベルリンへ1か月間語学留学(という名の遊び)をしてきました。
その最中、2016.3/17~3/20にベルリン→ウィーン→ザルツブルク→ヴェネツィア→ベルリンという1泊4日の小旅行が実現しました。筆者の人生で最初の大冒険です!
当記事ではヴェネツィアに着くまでの旅路でオーストリアに訪れた2016.3/17~18の話を書きます!ベルリンからヴェネツィアに直で行かなかったことが結果的に人生において多くの財産を得る経験になったと思います。
↓ドイツ・チェコの様子はこちら!↓
*投稿日時を変更してありますが、実際に当記事を執筆・投稿したのは2019.3/9で、オーストリアに訪れたのは2016.3/17~3/18です。結構長文ですがお読みいただけると嬉しいです!
・前置き (☆読み飛ばし可)
プラハに行って感動した経験から、今度は憧れであったヴェネツィアに1人で行ってみたいとダメ元で現地の学生に相談しました。
言語が全くできない筆者が1人旅なんて危ないしそもそも航空券が高いから止められる...と持っていたのですが、すぐに快くOKしてくれて計画を立てるのを手伝ってくれました!
すぐに大学の旅行課?に問い合わせてくれて個人で航空券等取ってくれました。easyjetというLCCで行くことにしました。この時にLCCという概念をはじめて知り、今後の格安旅に大いに関わってきました。
↓ブダペスト→ジュネーブはeasyjetで移動しました!ローマの空港でも再会を果たしました!↓
↑こんなに丁寧な行程表を書いてくれました。実際には情報のミスだらけだったけど現地の学生には大変感謝しております。いつか恩返ししたいです。
ウィーンへ出発する前日、日本から持ってきた食材等を使いちょっと豪華な一時送別パーティをしました。筆者は今でこそ24か国にも入国できましたが、当時は全く分からない場所にLCCと夜行バスと夜行列車を乗り継いでいくなんて本当に生きて帰れるかわからないというレベルでした。それくらい他言語がわからなかったのです。
ちなみにこの日は2016.3/16の水曜日で、筆者は翌日に旅に出るということでしたが、ルームメイトの1人は現地妻の故郷であるニュルンベルクに、もう1人はハンブルクにそれぞれ土日に行くことになりました。
3人のルームメイトはそれぞれ別々の目的地に遊びに行くということで、みんな帰ってきたらたくさん思い出を話し合おうという一時送別会になりました。
そして筆者は留学チームの1人と一緒に旅をすることになってしまいましたなりました。その人は現地美人学生にフラれて週末暇だから勝手に筆者についてくることになりました。しかし結果的に彼に救われたので人生何があるかわからないです。
・いざウィーンへ!
↑寮から空港に行くまでも乗り換えでかなりの苦労がありました(省略) 。ベルリンは3つの空港がありますが、そのうちの1つベルリン・シェーネフェルト空港(SXF)からウィーンへ向かいました。
↑この留学が初海外だったので、こういうテレビや教科書でしか見たこと地名がたくさんあったのはとても感動しました。
↑そして驚いたのは、空港から飛行機まで歩くことでした。今までボーディングブリッジかバスで搭乗したことしかなかったので、これは衝撃的でした。
1時間くらいのフライトでした。ウォークマンでDQ3『おおぞらをとぶ』を聞いてすごいワクワクしたのを覚えています。
窓側の席だったのですが、フライト中にひこうき雲を見つけました。するとあっという間に自分たちがひこうき雲を抜き去っていきました。
フライト中は意外と飛行機の速さを実感する場面が薄いように感じていましたが、この時はほんとうにびっくりしました。
↑ウィーン上空
音楽好きな同行人が「ドナウ川だ!」と興奮していました。筆者もその名前を中学生くらいで授業で知ったので熱くなりました。
▶先にバス停を探してからウィーン市街地中心部へ
↑ウィーン国際空港からとりあえずErdbergというバスターミナルを直で探すことにしました。旅慣れしていない(というか2人とも海外の少人数行動は初)なので時間はもったいないのですが安定策をとりました。
行き方は同行人に任せたのですが絶対に降りる駅を間違えています()
↑郊外でも道路に馬車が走っててびっくりしました!オーストリアはびっくりすることだらけです。
↑謎の建物
↑こんなところに日本企業が!とはしゃいでいました。
プラハでもSUZUKIの販売店を見たりと、馴染みのない場所にも日本企業はたくさん出資してるんだなと世界の広さを感じました。
バス乗り場を探すために1時間くらい歩きました。この時の歩いた時間は見慣れない土地ということもあり非常に長く感じたのを今でも鮮明に覚えています。バス乗り場からすぐ近くに地下鉄乗り場があったので中心部に行けたのですが、今にして思えばこの地下鉄を最初から使うべきでした()
シュテファン大聖堂
周りがめっちゃ馬の糞臭かったのをよく覚えています、、、笑
馬車が多かったので仕方ないですね。大聖堂内ではちょうどミサが行われていて貴重な機会に逢うことができました。
…おわかりいただけただろうか。
なんでもない建物を撮影してたのですが、真ん中のカップル?がポーズを決めてきました!笑
↑遊戯王のプレマを買いました()
Griechenbeisl「グリーヒェンバイスル」
同行人が行きたかったと熱望した店で、なんと1447年の創業らしいです。
モーツァルトやべートーベンのサインが刻んである通り、超有名な音楽家たちが実際に来た形跡が残っています。非常に歴史を感じさせてくれるレストランです。
↑サインが書いてある部屋がたまたま空いていたので紹介してもらいました(予約なしでこれはラッキーだったと思います)。
しかもご丁寧にウエイターがどれが誰のサインとかを冗談交じりに説明してくれました。米倉涼子さんのサインもあります。笑
ウィーンの伝統料理が味わえるということで値段はまぁまぁなのですが、店員の対応が非常に良く、日本語表記も充実しています。「トイレは左」と日本語で言ってもらえてうれしかったです。何よりも伝統が肌で感じられるので居るだけでも楽しいです。
肝心の料理の味はまぁ伝統料理だなという感じです。ですが訪れる価値は非常に高いのでオススメです!
その後は夜のウィーンをぶらぶらしました。
↑前いた芸人のゴンゾーに似てる(失礼)シューベルトのサインがありました!結構顔が印象深いと音楽家の名前が頭に残りますよね(失礼)
オペラの劇場を見たりお土産を買ったりして郊外のバスターミナルに戻りました。ザルツブルクに行くためにミュンヘンまで1度行くのですが、ここでも非常に印象深いことがありました。
テーブルセットに2人で座っていると「日本人の方ですか?」と男性に話しかけられました。当時近畿大の4年生で卒業旅行をしている最中の方でした。
彼はこの日にクロアチアの南部から北上してきたらしく1日中ずーっと移動していたらしいです。話の記憶が曖昧ですが恐らくドゥブロブニクから来たのでしょう。ブダペストを目指すのにザグレブからのバスに乗れなくなってしまい、ウィーンを経てのブダペストへ行く最中でした。しかもブダペスト行きのバスはノーアポらしく乗れるか不安と言っていました...中々の博打です笑
彼は筆者より先のバスでウィーンを発つ予定でしたがバスを待つ間ずっと話してました。クロアチアが非常に良い場所であったこと、今は一人だが目的地で友達と合流しているなど様々なことが聞けて「筆者ももっと旅がしたい!」と感じたのを覚えています。もしこの記事を見ていらっしゃったら是非コメントください!
↑彼を見送った後、この風景を見て不思議な感情が芽生えました。
こんな夜遅く(24時近く)なのにこんなにも多くの人がバスを待っている。皆それぞれ違う行き先へと旅経つんだなと。日本は陸続きの国境がないのでこういうことを思う機会はありませんでした。
世界って広いな
この景色を見ているとき日本は朝の7時とかなんだなと。家族は元気にやっているだろうか、今頃起き始めて支度してるんだろうなとかいろんなことを思い浮かべました。
現地の人から見ればなんでもない郊外のバスターミナルですが、筆者の目には非常に新鮮に映りました。旅ってなんでこんなに楽しいんだろう。
かなり長い時間長距離バスに揺られて結局ほとんど寝れませんでした。
同じバスに日本人の女性が乗っており、降りてザルツブルク行きのバスを待つ間にたくさん話しました。一緒に早朝でも空いてるカフェに来てくれて嬉しかったです。彼女も関西人でなんと甲子園球場で売り子をしていたらしいです。大きいバックパック2つには沢山の国のワッペンが貼ってありました。
8年間?続けていた仕事を辞めて世界一周中だと言っていました。アジア地域から西回りで来て今はヨーロッパ周遊、これから南米などの危険地域に行くとのことでした。日本にはこの時1年以上帰っておらず、インドでお好み焼きを食べたときは美味しくて泣いたとのことです。
高校野球が好きな中日ファンで、山本昌が引退したときは親からメールが来たと言っていました。アジア地域ではそこそこ日本からの旅人に会ったが、ヨーロッパに入ってからは全然会わなくなった。旅の後のことはまた考える。アジアのトイレはとにかく汚かった、、、などこちらも本当に貴重な体験談と人生観を伝えてくださいました。
この方の1人旅の体験談が今の筆者の行動力の1つになっています。なのでこのとき色んな話を聞かれてくれた彼女にはとても感謝しています。
南米地域は無事突破できたのでしょうか。もしこの文章を見ていたら是非連絡ください、そしてまた旅の話を聞かせてください!
ミュンヘン→ザルツブルクのバス車窓
ヨーロッパの田舎の風景いいですね!!!こういうのが見たかったんだよ!
ウィーンの有名な宮殿を1つも見ることができず、半日(よりもっと短い)滞在になりましたが1日でいろんなことがありすぎてとても楽しかったです。またいつかウィーンへ行くので今度はじっくり見て回りたいです!
・トラブル、決別、ザルツブルク
で、お昼前くらいにザルツブルクに着いたのですが、さっそく想定外のことが起こります。ザルツブルク→ヴェネツィアの直通夜行列車が売り切れだったのです。
現地学生には窓口で絶対に買えると言われたのですが、この日は金曜日だったこともあり売り切れたのでしょう。
さらにここで同行人と揉めます。
筆者は何が何でもこの日の夜に乗り換え有りでもヴェネツィアに行きたかったのですが、同行人はそれはリスキーだからここで1泊しようと提案してきました。
色々助けてもらった同行人には今になって申し訳なく思いますが、ここは自分で行きたいと旅行を実現させた自身の意見を通すべく別行動にしました。明日ヴェネツィアに同行人が着いたら合流しようということになり、このザルツブルクで一時解散しました。
電車の乗り方も全然わからないけど何とかヴェネツィアにたどり着いてやるという気持ちでいっぱいでした。
↑地図や帰りの航空券の画像をシェアしました。
想定外のことがありましたが、ザルツブルクを観光しました。
美しい場所です。
ホーエンザルツブルク城
DQ8『城の威容~王宮のガヴォット』をはじめとしたドラクエの城の曲を聴きながら見て回ってました。西洋の古城っぽい古城は初めて見たので大興奮でした!
本当に冒険している気分でした。
城に入った方と反対側に湖?のようなものが見えました。
筆者のドイツ語の教科書のザルツブルクを紹介したページに非常に美しい湖と湖畔の町の写真があったので、この旅中にザルツブルクに行きたいと企画しました。なのできっとあそこに見える湖がその写真の場所では…と思って向かったのです。
…察しのいい旅人であればお気づき頂けたかと思いますが、その写真の場所とはハルシュタットであり、ザルツブルグからバスで1時間ほどの場所にあるらしいです。
下調べを全くしない筆者の行き当たりばったりさに呆れると思いますが、それでも筆者はドイツ語の教科書を恨みます。ブー○ラン許さないからな…
結局ただのため池で歩くのにも時間が掛かりましたが、途中の自然がとてもきれいだったのでまぁ悪くはなかったです。しかしハルシュタットに行きたかったです。。。
またいつか行きたいのですが、もう少し誰かに聞いておけばハルシュタットに行けたよなと残念に思います。(似たような話が中2の国語の教科書でありましたよね…仁和寺にある法師か)
しかも帰り道を迷いました。なんもないザルツブルクの市街地を2時間ぐらいひたすらさまよっていました。駅と真逆の方向に進んでいたので途中で気づけていなかったら…ゾッとします。。。
列車の時間が怖くて出発の2時間前くらいにザルツブルク中央駅に戻ってきたのですが、結局観光も買い物も全然できませんでした。昼間に歩いて沢山汗かいたせいで若干風邪っぽくなり、睡眠もとれていないので判断力もかけておりきついです。
ザルツブルクは冒険している感が高かったのですが、総合的にみて苦い思い出が多いです。
電車の
ザルツブルク→フィラハ→ヴェネツィア
何号車に乗るとか全然わからなかったのですが、Cと書いてあるのでCの乗り場の2等車のとこから乗りました。たぶんこれで合っていますが、海外の特急は切符の見方が難しいです。
アニメポケモンの主題歌を聞いて元気をもらいながら電車に乗っていました。電車が駅に停まる度に駅名を確認して無事フィラハに到着しました。
なお電車はザルツブルク駅の到着が20分遅れたのにも関わらず、フィラハ駅の到着は予定時刻より3分しか遅れませんでした。どこで帳尻を合わせたのだ…
フィラハ駅
ローマテルミニ駅行きに乗るのですが見事にこの電車だけ遅れています、、、
なんとかヴェネツィアへ行く電車には乗れました。
しかしまたまた問題(これが一番衝撃だった)発生します。
フィラハ→ヴェネツィアはコンパートメント式で6席6人部屋の特急電車だったのですが、先に乗っていた西洋人にハブられました。
座席は6つあるのにすべて占領されており、動く気配もなく、話しかけても嫌な雰囲気だったので仕方なく通路に座ることにしました。同様に違う部屋でも通路に出てた人が他にもいました。
この感覚は日本では絶対にありえないです。
といっても自由席で椅子を多めに占領する人はいますが、指定席で邪魔者は来るなと言わんばかりの占領をするのはびっくりです。
西洋人は排他的な人々で日本人はそれに対して親切...みたいなことをよくメディアで見かけますが、こういう意地悪がないだけ日本はまだましだなと思いました。もちろん全ての西洋人がこういうわけではなさそうですが、コンパートメントは複数人のグループで先に乗られると占領され独占される可能性があるので注意が必要です。
現にザルツブルク→ヴェネツィアのルートを参考にさせていただいた無職旅の油やさんも同様の被害に遭ったと述べております。↓↓
筆者の時は他のコンパートメントが空いていなかったため通路(乗り降りのための段差)で休んでました...屈辱です。
しかも車両に唯一ついている公衆トイレに男女のカップルが同時に入っていきました。やべぇなおい
なんとかヴェネツィア駅で降りたのですが、
あれ海は?
次回2016年2~3月の旅の最終回です。